STORIUMが応援するスタートアップの魅力に光を当てるストーリー。今回は、GATARIの竹下氏のインタビューをお届けします。
「空間に融け込むデジタル情報で、人々の体験と現実感を拡張する」——空間インフラプラットフォーム「Auris」を展開するGATARIの代表取締役CEO竹下俊一氏は、そんな未来像を描く。
印刷技術の発明以降、視覚優位で発展してきた情報伝達の在り方を見直し、音声を中心とした空間的な体験によって、人々の感覚や価値観に深く働きかけることを目指している。
「テクノロジーと人間理解の共進化」を掲げ、2016年に創業。2020年に「Auris」をローンチして以降、日常生活のさまざまなシーンに独自のMixed Reality(複合現実)ソリューションの導入を重ね、新たなデジタル体験の地平を切り拓く竹下氏の挑戦に迫った。
インタビュイープロフィール
VR面接との出会いから創業

大学3年生だった竹下氏が就職活動イベントで体験したVR面接が、すべての始まりだった。竹下氏は当時を振り返る。
「VRグラスをかけた瞬間、さっきまで目の前にあったシアターがなくなり、机がそこに現れ、面接官が出てきて、シュールなくらいに普通に面接をされました。」(竹下氏)
後から、面接官が実はアメリカにいたことを知り、その衝撃は増幅した。物理的な距離を超えて実在感のある対話を可能にしたこの体験は、竹下氏の世界観を根本から覆すことになる。
「人がありのままの現実をありのままに認識できていないからこそ、そこに可能性の余白があると思ったんです。」(竹下氏)
人間の知覚システムには本質的な不可能性があり、それゆえに新たな可能性が生まれるという考えに至ったのだ。
映像が静止画の連続であっても人間の目には動画として認識されるように、人間の現実認識にはさまざまな限界があり、それが逆に豊かさにつながっている。その限界を理解し、適切に活用することで、「どこでもドアを物理的に作ることはできなくても、どこでもドアと同じ体験は現実に作れる」という確信を得た竹下氏は、学生起業という形で事業をスタートさせることを決意する。
創業当初は、自己資金で不動産向けのVR内覧サービスを開発した。当時はVRという言葉の認知度が低く、当初は「おもちゃのような扱いをされ」と苦戦を強いられたという。しかし、この経験は後の事業展開において貴重な糧となった。彼は既存の価値観や市場の限界に直面しつつ、技術の本質的な可能性を追求し続けることの重要性を学んだ。
転機となったのは、アクセラレーションプログラム「Tokyo XR Startups」への参加だった。ここで竹下氏は、バーチャルリアリティを活用した新しいコミュニケーションサービスの開発に本格的に取り組むことになる。「声が形になって現れる声塊(コエカタマリ)」のような、現実にはできない新しいコミュニケーション体験の創出を目指した。


当時のメンターからは「これはアートであってビジネスではない」という厳しい指摘を受けることもあった。しかし竹下氏は、この評価を真摯に受け止めながら、自身のビジョンを捨てることはなかった。むしろ、どうすれば革新的な体験をビジネスとして成立させられるかという視点で、さらなる試行錯誤を重ねていった。
そうした探求の過程で生まれたのが、現在の主力事業となっている空間インフラプラットフォーム「Auris」だ。2020年9月のプロトタイプ版リリースを経て、2022年7月に製品版をローンチ。この間にも継続的な改良を重ね、ユーザビリティの向上とビジネスモデルの確立を図ってきた。
「アメリカからの帰りの飛行機の中で、本を読んでいて、ぱっと思いついた」という着想の瞬間を、竹下氏は今でも鮮明に覚えている。それまで頭の中にあった、さまざまなピースが一気に繋がり、現在のビジネスモデルの基礎となる構想が生まれたという。
振り返ってみれば、VR面接との出会いから現在に至るまで、一貫して「人間の知覚や認識の特性」と「テクノロジーの可能性」の接点を探り続けてきた。その過程で直面した、さまざまな課題や批判は、むしろビジョンをより確かなものにする機会となった。
Aurisが実現する新しい体験価値

Aurisの最大の特徴は、没入感のある体験を提供しながらも、ユーザーの日常との連続性を重視している点にある。技術的には、オープンイヤータイプのデバイスを採用することで装着感を極力抑え、現実世界との自然な調和を実現している。
「XRの中に別の世界観があって、その別の世界に没入しに行くということではなく、自分が今いる現実の地平に物語がやってくる”現実”への没入です。例えば、実際にいる本屋さんの中で、お客さんの間を縫って誰かに連れ回されて自分の選択によって物語が展開していくような新しい体験です。耳をふさがないタイプのデバイスを活用し、カメラを利用した位置認識技術で自分の行動がそのまま自然と物語の展開につながっていくので、ユーザーはテクノロジーをあまり感じることなく体験に没入できます。」(竹下氏)
「日常の延長線上に物語が降りてくるので、その物語が続いているような感じになる」というコンセプトは、従来のVR・AR体験とは一線を画している。没入と現実が分断されるのではなく、シームレスに融合することで、より深い体験価値を生み出すことを可能にしたのだ。

日光金谷ホテルでは、創業者の金谷善一郎氏が案内するイマーシブガイドを展開している。
Aurisはプラットフォームなので汎用性が高い。例えば、登録有形文化財や歴史的建造物では、Aurisをベースに「イマーシブガイド」が提供され、「文化財や建造物がなぜ大事なのか」を単なる解説や案内を超えて、その場所や対象が持つ価値だけでなく価値観まで体験を通じて伝えることができる。
現在、Aurisの導入は集客施設を中心に広がりを見せている。ホテルでは施設の魅力向上や特別な体験の提供に、遊園地やテーマパークではエンターテインメント性の付加に活用されている。また、動物園や博物館・美術館では教育的価値の向上と体験の深化を実現し、商業施設では新しい購買体験の創出に貢献している。
ビジネス向けの展開も着実に進んでいる。モデルルームでの接客支援やショールームでの展示強化、建物の維持管理メンテナンス支援、さらには視覚障害者向けの誘導システムなど、実用的な用途での採用が広がっている。
コンテンツ制作の面では、柔軟なアプローチを採用している。自社での企画制作に加え、パートナー企業へのライセンス供与も積極的に行う。「いろんな方々に使っていただくことで加速度的に広がっていくと思う」という竹下氏の考えのもと、現在、パートナー6社と協業関係を築き営業展開している。

例えば日本出版販売との協業では、推し活集客ソリューションとして「ボイスフレンド」を展開、Aurisの基本機能を活かしながら、出版業界特有のユースケースに応じる形でブランド名をつけて提供されている。このように業界や用途に応じて最適化したパッケージを提供することで、導入のハードルを下げ、普及を加速させる戦略を取っている。
メディアテクノロジーの新地平を切り拓く

竹下氏は、現在のメディア環境について根本的な問題を提起をしている。それはあたかも、印刷技術が普及する以前の口承時代に思いを馳せているかのようだ。情報伝達の本質を捉え直そうとする竹下氏の視点が、そこには垣間見える。
「印刷技術の発明以降、人間は視覚に頼りすぎています。一方で、音声はすごく空間的なメディアです。空間という概念が織り込まれていることがポイントです。」(竹下氏)
現代のデジタル情報は、印刷からスマートフォンに至るまで、視覚優位のメディアとして発展してきた。人類は約1600年もの間、視覚的な情報伝達手段の発展に力を注いできたが、竹下氏は、人間の持つ空間認知能力が十分に活用されていないと考える。デジタル情報が空間性を持ち始めることは、人類のメディア史における大きな転換点となる可能性さえ秘めているのだ。
「テクノロジーと人間理解の共進化」をビジョンに掲げる同社では、人間の無意識的な反応や行動についての研究開発にも力を入れている。「こういう音を聞いたら、誰もがそちらを向いてしまう」といった人間の自然な反応を理解し、それを体験設計に活かす。技術開発と人間理解を同時に深めていくアプローチは、同社のユニークな強みとなっている。

最新のXRデバイスの本格的な普及は、2030年以降になると竹下氏は予測しているが、普及までにまだ時間がかかる現状を、むしろチャンスだと捉えているという。デバイス面での制約を逆手に取り、本質的な体験の在り方を探求することで、次世代のユースケースを先取りする戦略だ。
「あえて(仮想を)見せない戦略。(仮想ではなく)今は完全に現実を見せた方が逆に没入感のある体験が作れると思うんです。自分の考え方や世界観は、30年後に生きる子供たちの現実感みたいなものに影響を与えられる事業だと思っています。」(竹下氏)
視覚ではなく、むしろ、音をもとに空間を演出し、ユーザの想像力を掻き立てることで新たな体験を生み出す。メディアテクノロジーの発展の一翼となることで、一時的なトレンドや技術革新を超えて、人類の情報体験の進化を担おうとする視座がそこにはあった。