STORIUMが応援するスタートアップの魅力に光を当てるストーリー。今回は、Oyraa(オイラ)のコチュ・オヤ(Oya Koç)氏のインタビューをお届けします。
かつて、通訳の人々が仕事をしているのを目にするのは、国際会議やテレビのニュースなど、日常生活とは少し離れたシチュエーションであることが多かった。しかし、東京23区では住民の20人に1人が外国人、全国的に見てもインバウンド観光客が増えている中、言葉の壁にぶつかることは少なくない。
トルコ出身の起業家コチュ・オヤ氏は、同郷やその他の国出身の友人が、日本での日常生活に困っている状況を身近に経験し、通訳アプリ「Oyraa」の開発を決意した。「Oyraa」は、通訳する人と通訳してほしい人をマッチングする機能を持つが、7年以上にわたる蓄積と経験から、来るべきAI時代には、さらに新たな価値の提供が可能になるという。
インタビュイープロフィール
150言語対応の遠隔通訳サービスは、こうして生まれた
高度な通訳サービスは、なぜビジネスシーンや国際会議だけのものなのだろうか。日常生活では機械翻訳で十分と思われがちだが、病院での診察や不動産契約など、命や生活に関わる場面では、むしろ通訳の必要性は高まる。
全国津々浦々に通訳のニーズはあるものの、通訳者の多くは都市部に集中し、地方では深刻な人材不足に悩まされている。このギャップを埋めることはできないだろうか。そんな疑問と課題から生まれたサービスが、通訳業界の常識を覆そうとしている。

「Oyraa」を開発するにあたっては、個人的な体験がきっかけになったそうですね。
コチュ:この事業のアイデアは、友人たちの困難な経験から生まれました。ある日、友人から緊急の電話がありました。子供が熱を出して病院に連れて行ったものの、医師とコミュニケーションが取れない状況だったのです。私は当時BCG(ボストンコンサルティンググループ)で働いていましたが、仕事の合間に時間を見つけて、10〜15分ほど電話で通訳をしてあげました。
これが口コミで広がり、次第に「オヤさんに電話すれば何とかしてくれる」という評判になっていきました。しかし、私自身は限界も感じていました。私の母国語はトルコ語で、英語も日本語も後から学んだ言語です。特に医療の専門用語などは十分な知識がなく、プロの通訳者の必要性を強く感じました。
こうした通訳のニーズは、従来からある通訳サービスでは間に合わないのでしょうか。
コチュ:既存の通訳サービスを調べてみると、大きく2つの課題が見えてきました。
一つは予約の柔軟性です。多くの通訳会社では半日単位での予約が必要で、突発的なニーズに対応できません。もう一つは料金の問題です。半日で5〜6万円程度かかり、短時間の通訳に対して非常に高額でした。
この調査過程で、通訳業界の構造も見えてきました。多くの通訳者がフリーランスとして働いているものの、仕事の機会は限られていました。特に地方在住の通訳者は、都市部に比べて仕事の機会が極めて少ない状況でした。
そこで考えたのが、スマートフォンアプリを通じて、通訳者と利用者をつなぐプラットフォームです。実際に多くの通訳者にインタビューを行い、空き時間を活用できる新しい収入源として高い関心を示していただきました。

サービスのニーズがあることが、市場調査やユーザーインタビューを通じて明らかになったわけですね。ニーズがあることを確信した上で、日本で起業することは大変でしたか。
コチュ:創業したのは2017年3月、当初はスイス人の共同創業者と2人でスタートしましたが、ビジョンやコミットメントの違いから、最終的に私一人での創業となりました。
前職のBCGでは、大手企業の幹部との仕事が中心で、豊富なリソースを前提とした戦略立案を行っていました。その経験から、「スタートアップは楽勝だろう」と安易に考えていた部分もありました。しかし実際には、限られたリソースの中で全てをゼロから作り上げることの難しさに直面することになります。
今振り返ると、その過程で多くの学びがありました。特に印象的だったのは、プロダクトマーケットフィットを見つけるまでの試行錯誤です。当初は個人向けサービスとして構想していましたが、予想以上に法人からの需要が大きく、現在では売上の大部分が法人から来ています。
Oyraaを開発する上で、注力したことを教えてください。例えば、翻訳アプリや通訳デバイスなどと比べて、どのような競合優位性があるでしょうか。
コチュ:現在約150言語をカバーし、2,700人以上の通訳者がネットワークに参加しています。特徴的なのは、全体の約4割が海外在住の通訳者であることです。珍しい国ではルワンダ、トルコ、コロンビアなど、世界中に広がっています。現地言語を母国語とする通訳者が対応してくれることで、文化的背景なども考慮した細やかなサービスが提供可能になります。
私たちが特に注力したのが希少言語へのアプローチです。英語や中国語などのメジャーな言語は既存の通訳サービスでもカバーされていますが、ネパール語、インドネシア語、ベトナム語といった言語では、質の高い通訳サービスの提供は限られていました。
また、データの収集と活用も重視しました。サービス開始当初から、ユーザー了解のもと、会話の全てを録音させていただく仕組みを導入しました。これは将来的なAI開発を見据えた判断でした。特に希少言語のデータは、他では得難い貴重な資産となっています。
さらに、単なる通訳以上の価値を提供することも意識しました。例えば、不動産の重要事項説明では、日本人同士では当たり前の概念も、外国人には全く異なる文化的背景があるため、丁寧な説明が必要です。そこで、両文化を理解した通訳者による補足説明など、プチコンシェルジュ的な付加価値サービスも提供しています。
個人向けから法人向けへの転換
人々の日常生活の助けになるべく開発された「Oyraa」。つまり、元々はコンシューマ向け(toC)の利用を主なターゲットに掲げていたが、サービスが浸透するにつれ、ビジネス向け(toB)でも広く活用されていることがわかった。従来サービスではカバーできない、ニーズのスキマや行間を埋める通訳サービスとして、様々な企業に「Oyraa」が利用されている。

最近では、不動産・金融機関など外国人向けサービスを提供する企業から、外国人エンジニアを雇用するIT企業、さらには建設現場やインバウンド施設まで、幅広く連携を強化されているそうですね。そういった場所で、「Oyraa」はどのように活用されているのですか。
コチュ:創業から7年、これまで本当にローラーコースターのような道のりでした。当初は個人向けサービスとして始めましたが、予想以上の法人需要があり、ビジネスモデルを柔軟に変更してきました。
現在では法人需要がOyraaの売上の大部分を占めています。日本では、労働力不足に伴って、アジアの労働者が増えていますね。その影響もあり、大阪・関西万博を控えた工事現場、空港カウンター、企業の外国人向けコールセンターなどでも使われています。
アパマンショップ、クレディセゾンといった大手とも取引があります。
不動産分野では、家賃の支払概念が異なる国出身の方々への説明や、設備の使用方法の説明など、文化的な違いに起因する様々な場面で活用いただいています。また、滞納者対応など、デリケートなコミュニケーションが必要な場面でも重宝されています。
部屋を借りる場合、国によって家賃の支払い習慣が大きく異なることがあります。ある国では、設備が故障した際に管理会社に連絡せず自分で修理するのが通例ですし、毎月家賃を支払う概念に馴染みのない文化圏もあるのです。日本人には当たり前の概念が、外国人には全く異なって受け止められることがあります。
これらの問題に対して、単なる言葉の置き換えだけで伝えるのは不十分です。文化的な背景を理解した上での説明が必要です。私たちの通訳者は、両方の文化を理解した上で、適切な補足説明ができます。
ある不動産会社での外国人入居者とのトラブル対応では、「Oyraa」を使っていただいたことで、文化的な違いから生じた誤解を解消し、双方が納得できる解決策を見出すことができました。このような経験から、異文化理解の重要性を改めて実感しています。
医療分野での需要も着実に増加しています。特に、専門的な症状の説明や治療方針の相談など、正確なコミュニケーションが必要な場面で活用されています。
中でも心に残っているのは、難病を持つお子さんの海外での治療に関する案件です。日本では治療が難しく、海外の特定の病院でしか治療できないケースでした。予約の順番を早めてもらうための交渉など、デリケートなコミュニケーションが必要でした。このような深刻な状況では、単なる言葉の置き換え以上の、心のこもったサポートが求められます。
多言語対応のAIエージェントを開発、インバウンド観光もこう変わる
ChatGPTに代表される最新のAI技術は、確かに多言語対応をうたっているし、確かに驚くべき進化を遂げている。だが、世界には6,000以上の言語があり、その多くは主要なAIモデルでは十分にカバーされていない。
しかも、言葉を翻訳するだけでは、真のコミュニケーションは成立しない。通訳とは、単なる言葉の置き換え作業ではない。7年間で約150言語、2,700人以上の通訳者のデータを蓄積してきたOyraaが、独自のAI開発に踏み出した理由がそこにあった。

Oyraaが開発中のAIエージェントの例。レンタカーを運転中の外国人観光客が渋滞に巻き込まれたのを受け、営業時間内に車が返却できないことを推測し、渋滞の状況、レンタカー会社の支店情報などから帰路から最寄りの別店舗に返却するための調整を通訳込みでAIが実施した。
AIエージェントの開発に着手されたと聞きました。これまでも、翻訳などにAIを導入している企業はありますが、Oyraaが手がけられるAIは、それらと何が違うのですか。
コチュ:私たちが開発中のAIエージェントは、単なる機械翻訳とは一線を画すものです。お客様の課題を理解し、解決策を提案できる人間らしいAIを目指しています。この開発において、私たちには三つの強みがあります。
一つ目は、7年間にわたって蓄積してきた通訳データです。特に希少言語のデータは、他社や他サービスでは入手が困難な貴重な資産となっています。
二つ目は、2,700人の通訳者ネットワークを活用した教師学習の能力です。AIの出力に対して、プロの通訳者がフィードバックを提供することで、より自然で正確な通訳が可能になります。
三つ目は、実際のユースケースに関する深い理解です。例えば、レンタカーの返却が渋滞で遅れそうな場合、AIがリアルタイムの渋滞情報を確認し、代替の返却店舗を提案するといったソリューションを提供できます。
特に注力しているのが、状況に応じた適切な対応ができるAIの開発です。例えば、医療現場では症状の説明や治療方針の相談など、正確さが求められる場面が多くあります。また、不動産取引では文化的な違いを考慮した説明が必要です。このような複雑な状況にも対応できるAIの実現を目指しています。

地方のインバウンド観光の現場にも、Oyraaのエージェントを導入していく計画があるそうですね。
コチュ:地方には多くの可能性があります。私は内閣府のクールジャパンプロジェクトに2019年から関わっていますが、地方には素晴らしい技術や製品を持つ小規模事業者が数多く存在します。しかし、その価値が十分に海外に伝わっていないのが現状です。
例えば、私は趣味で日本各地を旅行していますが、驚くほど高い技術を持つ職人や、優れた商品を生産する小規模店舗に出会います。彼らのグローバル展開をサポートすることも、私たちの重要な使命だと考えています。
現在、日本の観光業界が直面している大きな課題の一つが、通訳案内士の不足です。特に地方では深刻です。この課題に対して、私たちは新しいソリューションを開発中です。
具体的には、ガイドが日本語で説明を行い、それを各観光客が自分の言語でリアルタイムに聞くことができるシステムを構想しています。さらに、観光客からの質問にも対応できる双方向のコミュニケーションを実現します。
これにより、一つのツアーで複数の国からの観光客に対応することが可能になります。また、地域の方々が自分の言葉で地域の魅力を伝えられるようになり、より深い文化交流が期待できます。
日本で起業した理由、そして多文化共生への思い
日本人が日本で起業するのは比較的自然なことだ。もちろん、人にはそれぞれの事情があるが、世界中にチャンスがある中で、外国人起業家が日本を起業の場に選んだ理由は気になるし、そこには、日本人起業家が普段気づかないような発見やひらめきが隠れているかもしれない。オヤ氏にも聞いてみた。

日本で起業されたのはなぜですか?
コチュ:この質問については、私の個人的な経験も交えてお話ししたいと思います。私が日本に来て最初に住んだのは、滋賀・甲賀市の水口(みなくち)という場所でした。そこには、オムロンの水口工場があり、半導体研修のインターンシップがきっかけです。
そこで経験した日本人の方々の温かさは、今でも鮮明に覚えています。言葉が十分に通じなくても、週末には京都に連れて行ってくれたり、自宅に招いてくれたり。一日も一人にさせないような心遣いをしていただきました。
これは後に気づいたのですが、私は非常に恵まれた経験をしたのだと思います。東京に来てから、全ての外国人がそのような温かい環境に恵まれているわけではないことを知りました。
日本は素晴らしい国で、その文化や価値観を大切にしていくべきだと考えています。実は最近、母との会話で相続の話題が出た際、「私が死んだら全ての資産を日本政府に寄付したい」と話したほどです。それは、日本への感謝の気持ちの表れです。
一方で、日本では人口減少や高齢化が進む中で、外国人との共生は避けられない課題となっています。重要なのは、摩擦のない関係を築くことです。そのためには、相互理解が不可欠です。
Oyraaは、世界中の通訳者とのネットワークを活かし、各国の文化や習慣に関する深い理解に基づいたサービスを提供できます。これは、グローバルなビジネス展開を目指す日本企業にとって、大きな価値となっています。
特に地方の中小企業には、素晴らしい技術や製品を持ちながら、言語の壁によってグローバル展開ができていないケースが多く見られます。私たちのサービスを通じて、そういった企業の海外展開をサポートし、グローバル競争力の向上を支援していきたいと思います。
ビジョンについて、お聞かせください。
コチュ:日本には素晴らしい技術や文化があります。どの先進国と比較しても、日本の技術力や品質管理能力は最高水準にあります。言語の壁によって十分に世界に伝わっていない部分が多くあります。私たちのサービスを通じて、その壁を取り除いていきたいと考えています。
私たちのビジョンである「言語の壁のない世界」の実現に向けて、三つの要素が重要だと考えています。
一つ目は、技術の進化です。特にAI技術は日進月歩で、私たちも常に最新の技術を取り入れながら、サービスの質を高めていく必要があります。
二つ目は、人材の育成です。AIが進化しても、人間ならではの感性や判断力は必要不可欠です。特に、両文化を理解した上での適切なコミュニケーション支援ができる人材の育成は重要です。
そして三つ目は、パートナーシップの拡大です。自治体、企業、教育機関など、様々な組織との連携を通じて、より多くの方々に価値を提供していきたいと考えています。
2030年までに、言語を理由としたコミュニケーションの障壁をなくすこと。そして、それを通じて、より豊かな多文化共生社会を実現すること。それが私たちの目標であり、使命だと考えています。

最後に、読者の皆さんへのメッセージをお願いします。
コチュ:人口減少や高齢化が進む中で、外国人材の受け入れは避けられない課題だと考えています。ただし、私は「とにかく外国人を入れれば良い」という考え方には賛成できません。日本は、私が世界を見渡す中で最も素晴らしい国の一つだと確信しています。その文化や価値観は、日本人によって築き上げられてきたものです。
私が望むのは、日本の文化や価値観を尊重しながら、外国人との摩擦のない共生を実現することです。そのためには、相互理解が不可欠です。昨今、一部の外国人による問題行為が報道されることもありますが、これは適切なコミュニケーションと文化理解の不足が一因ではないでしょうか。
まず重要なのは、外国人が来日する前の段階からの支援です。私たちは、日本の文化や習慣、マナーについての理解を深めるためのコンテンツ開発も行っています。
また、就労する外国人にとっては、来日してからの生活支援も重要です。特に地方では、外国人コミュニティも小さく、情報も限られています。私たちのサービスを通じて、日常生活での困りごとから、緊急時の対応まで、幅広いサポートを提供していきたいと考えています。
一方で、日本人の方々の異文化理解促進も重要です。実は、私たちのサービスを使う中で、日本人の方々が外国人の文化や考え方を理解するきっかけになることも多くあります。このような相互理解の促進も、私たちの重要な役割だと考えています。
ありがとうございました。
Oyraaは、単なる通訳サービスを超えて、日本の文化や価値観を守りながら外国人との摩擦のない共生を目指している。言語の壁を超えた相互理解の促進により、外国人が日本の文化を学び、日本人も異文化への理解を深める。そこには、テクノロジーの力を活かしながら、真の多文化共生社会を実現しようとするオヤ氏の強い想いが込められている。